神戸・東六甲の神社

      神戸市の東から芦屋、西宮にかけての高台( 六甲山系 )には、
      古代の遺跡や 磐座( いわくら )がいくつか残っています。

      古代の そのあたりには、一つの文化が あったのかもしれませんね。

      この地域の神社は 大きく分けて
     (1)出雲系の神様を まつる、または 出雲系の氏族が 居住していた。
       または
     (2)六甲山系の 守護神とされる 白山権現( 菊理媛【くくりひめ】 )を
       おまつりしているという特徴が ありそうです。

    1.綱敷天満神社

   東灘区の レトロな 御影公会堂から、石屋川沿いを上流に(六甲山の方向に)
   少し歩いたところで、たまたま 綱敷(つなしき)天満神社を 見つけました。

   いっけん、地味な神社。しかも、震災後の 建て直しで 新しい拝殿や
                       まばらで まだ茂っていない 木々の境内。

  境内末社のなかには 凛とした感じを 受けるところも ありますが、ホントに地味。

   でも、縁起(由緒書)を 読んで驚きました。


   かなり古代にさかのぼります。

   聖徳太子が 四天王寺建立時に、石を切り出させたところ、見事な鉱石が
   出たので 御影石と 名づけられた。
   そしてその時 賜った笏( しゃく )などが伝わっています。

   創祀は さらに前、北の山沿いの高台、今はマンションの建ち並ぶ 台地に、
   出雲系の祖神 ( 天穂日命【あめのほひのみこと】 )と
   雷神 ( 別雷神【わけいかづちのかみ】 )をおまつりしたことに 始まり
   年代不詳とのことです。

   また、そのころ 加賀の白山の山の神で 六甲山系の守護神である 白山権現
   ( 菊理媛【くくりひめ】 )がこの地域一帯の鎮守 として
   天神山( いまの御影山手 )におまつりされ始めたとの伝承が あります。

 それだけでも、古代の雄大な杜が 想像されますが、もうひとつ伝承がありました。

綱敷天満神社 神社のだんじりは昔の鎮座地の山手も巡行しているそうです

   菅原道真が 九州の太宰府に 左遷されて 下向する途中に 立ち寄られた。
   そしてこのとき 自筆の 法華経を 奉納された…と。


   菅原道真は 出雲系の氏族の子孫ですので、たぶん もう京には
   戻れないだろうと 覚悟した 太宰府への道すがら、
   今の大阪や兵庫の 同族の子孫の社寺に 立ち寄っています。

   ここはそのひとつだったと思われます。

   道真公が立ち寄ったと伝えられる場所は 他にもかなりの数ありますが、
   奉納されたものが あるということからみると、
   ここには 本当に立ち寄ったのではないでしょうか。


  中世に ふもとの現在地に 遷ったあとも、社有地の 天神山一帯は
  大切に守られ、また御影石の産地、近くは酒造の地として、
  長らく 昔をしのばせる景観だったと 思われます。

  昭和初期に 開発の手が加えられ、いまではそういった故事を 感じさせるものが
  ないというのが、ホントにさびしいです。

  ただここは、何がどうということでもないのですが、なぜか 不思議と印象に残る
  感じのする 神社でした。

本ページはサイト「 感性を温める 」内のコンテンツです。

  画像を含むすべての内容の 無断転載・転用・引用、
  出典サイト の明示のない 参照等 は おやめください。



八色雷公・綱打神事の注連柱  松尾大社の赤鳥居の脇勧請に似ています

越木岩神社拝殿
 2..越木岩神社

   六甲山系の東の方、西宮市の高台の住宅街の真ん中に その一角だけ
   うっそうとした杜の 越木岩( こしきいわ )神社が あります。

   その杜は 天然記念物に 指定されていて、古い樹々が生い茂り 野鳥の声の
   聞こえる 別世界のような感じの所です。

   拝殿の背後に 高さ10m周囲40mの花崗岩の巨大な岩、その形が
    酒を造るときの 甑(こしき)に似ているので 甑岩と よばれています。

   ここは古代の磐座( 【いわくら】神が降臨するという神聖な岩 )祭祀の
   時代から、 いまにまで伝わる 珍しい場所です。

   ふつう、こういう感じの岩は チョットこわいのですが、 あまりにも デカくて、
   明るくて、低木や 草も 茂っていたりして…
   いきなり ロッククライミングの岩が 目の前に現れた という感じです。

   今から 約1100年前( 平安時代 )には この岩から 煙が立ち上っているのが、
   地元の浜や大阪湾からも 見えていたとのことですので、古代は、
   六甲山系のエネルギーの動きは もっと活発だったのかもしれませんね。

    ここでは、えびす大神以外に、六甲山系の守り神である 菊理媛 ( くくりひめ )が
    やはりおまつりされていて、奥の方には 生田神社と 同じ神様 ( 稚日女尊
    【わかひるめのみこと】 ) がおまつりされていました。

    むかしから ずっと枯れることのない 湧き水の流れも 境内にあります。

         さざれ蟹  足這い上がる  清水かな (芭蕉)

    今は見えませんが、たぶん昔は このあたりから美しい浜が見おろせたのでしょう。

    境内の杜では 元気なヒヨドリの声が 聞こえます。
            街なかで聞くのとは 格段に違う力強さです。

    やわらかい木漏れ日に気づいて空を見上げたときに、
          どこからかウグイスのきれいな声も聞こえてきました。

    樹々のあいだには 二匹のきれいなアオスジアゲハが飛び交っています。

     東西に延びた 六甲の山々、太古の時代に 造山運動に使われた
    そのエネルギーは 今も良い気となって、所々から出てきているのかも
    しれません。

    まるで大きな酒樽の底に いくつかの穴が開き、 ゆっくりと良い気が
    吹き出してくるように…

    だからこそ 野鳥は天国のように 飛びまわっているんですね。
 
    神秘的な伝承の神社でありながら、泣き相撲や だんじり巡行の行事などで
    地域の子供たちと 身近なつながりがあるのは うれしいことだと思いました。



 ・綱敷天満神社 神戸市東灘区御影町石屋字八色岡1番地

 ・越木岩神社  
http://www5.ocn.ne.jp/~koshiki/index2.htm





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送