松尾大社
松尾大社 楼門
 京のみやこで ポイントとなる神社、最古の神社を 知りたいと思って 下鴨神社に
 行ったとき、

  「瀬見の小川に 流れてきた 丹塗り矢は、
  京都・松尾大社の 大山咋神 ( おおやまくいのかみ ) の化身で、
  上賀茂神社の 賀茂別雷大神の 父神 」 という伝承を知りました。

 また 以前に、神戸・御影の綱敷天満神社へ 行ったとき、
         別雷大神や松尾社の名前を 初めて知って興味をもち、
                         いつか行ってみようと思ってました。

 松尾大社は 長岡京、平安京遷都に協力した 渡来人の秦氏が おまつりした
 歴史をもつ 神社です。
   創建は大宝元年・701年( 約1300年前ですね )。
   秦忌寸都理(はたのいみきとり)によるものです。
 
シブイ茶色の柱に 白壁が映える 楼門の両脇の 御簾(みす)のなかには、
根津神社や 八坂神社のように、 武官束帯姿の像が あります。

楼門を くぐって見上げると 、薄曇りの空から
                  明るい日の光が差し込んできました。

 思ったほど 境内は広くありませんが、スッとした感じがして、
   脇の方には 松の木の大きな切り株が 大切におまつりされています。

  すぐうしろには 松尾山 【別雷山 (わけいかづちやま)】 が迫っています。

  この山の尾根づたいに北へ行けば嵐山、南へ行けば苔寺(西芳寺)です。
  松尾山は 社殿成立以前から 崇拝された山で、
 山頂近く 標高220mのところには 古代の磐座( いわくら )が 今もあります。


   その登拝道を登ってみることにしました。

松、椎、樫、椋の木立の中を 登り下りしながら道は続きます。
   ピンと張りつめたような荘厳な感じがします。

樹々の間から とぎれとぎれに 空が見えますが、野鳥の声は 遠くの方から
小さくしか 聞こえません。


本殿は室町初期
応永4(1397)年
建造、
天文11(1542)年に
大修理されたもの。
その他の社殿は
江戸初期の建築。
そのかわり 湧き水が集まって せせらぎとなって流れていく音、
                      木の葉の擦れあう音が 聞こえてきます。

  整備された 山道の所々には 切り株や、大小の樹々が…
  これは 「もののけ姫」 の 山の中のシーンを 彷彿と させます。
           切り株の かげには あのアニメの木霊( こだま )がいそう。

 そういえば、あの木霊の声は いま手に持っている杖にぶら下がっている
 鈴の にぶい音に似ています。 
 チョットこわいような 神聖な響きのように 感じます。

 いちばん 奥の磐座( いわくら )の前 ( 大きな壁のような感じです )に立つと
 重なり合う小枝の間から スポットライトのような 白い太陽の光が差して…

  その光のシャワーのなかに ポツンと立つ椎の大木が 神々しく見えました。


 いちばん感動したのは 途中の見晴台からの景色でした。

真っ正面に比叡山。 ひときわ目立つ きれいな 三角形の山です。
そして ここ松尾山から その比叡山へと続く一直線上に、 広隆寺(大酒神社)、
蚕ノ社が 並んでます。

 よく見えませんが、その向こうには 平安京遷都の頃の 大内裏の場所、
 下鴨神社・糺の森も その線上にあります。

下鴨神社・上賀茂神社と この松尾大社が 、みやこを 両方向から守る
皇城鎮護の社と されていたのも…

  こちらのご祭神( 大山咋神 )が、この松尾山の神でもあり、
  比叡山の神でもある というのも… この景色を見ると、納得できます。

脇勧請 (わきかんじょう)
脇勧請
( わきかんじょう )

榊の小枝が
平年は12、閏年は13
垂れ下がる古い鳥居の形式。

 たぶん2つの 神聖な山の間の 線上に 平安京が造られ、秦氏の 拠点となる
 寺社が 建てられたのですね。

この 位置関係は、平安の内裏から見て 夏至の日に比叡山から日が昇り、
冬至の日に 松尾山に 沈む方位 だということを 少しあとに 知りました。


 平安京の 始まりの時の 要になった場所、 そういった所を 知ることができて、
 来ることが できて、 ホントにうれしかったです。

それは この山に 登ってみて、予想外に この景色を見て、感じたことでしたので
よけいに 感動が 大きかったです。

  古代から 磐座が おまつりされていた ここ松尾山に、5世紀ころ新羅から
  渡来した 秦氏が、祖神を おまつりしたのが 松尾大社の始まり。

そしてこの地域を 拠点に、山城・丹波を 開拓し、河川( 大堰川・桂川 )を
改修し、農地を 開拓して 養蚕、機織り、酒造を この地で始めました。


古くは 聖徳太子に 協力し、長岡京、平安京の遷都にも その富と力を発揮、
平安時代 初期くらいまでは 祭祀にも 大きく 関わっていたようです。

   賀茂氏 とも 何らかの関係が あったようで、 その移動の地域や
    祭祀などには 共通点が あります。

葵祭は 賀茂の祭 として有名ですが、
こちらの松尾祭も 古くは葵祭とも呼ばれ、
社殿や神輿は 葵や桂で 飾られ、祭員も 身につける とのことです。

   また、神紋も 上賀茂神社と 同じ二葉葵です。
   これらの共通点は 奥が深そうです。

 ・摂社 月読神社

  もうひとつ、驚いた話ですが…
 こちらの 境外摂社に 月読神社があります。

 月読尊( つきよみのみこと )といって 天照大神、素戔嗚尊の兄弟神ですが、
 おまつりされている神社は 珍しいです。

 487年に 長崎・壱岐の島から 壱岐県主 の祖・押見宿禰( おしみのすくね )が
 分霊して 創建された ものです。
 ですから、京都最古という 松尾大社より さらに古いことになりますね。

  また 古代の壱岐が 中央の朝廷とも 関係していたことになります。
 (一説によるとこの壱岐氏が 中臣氏の祖 とのことですが…)

 この神社には月読尊を 崇敬していた ということで、
                    聖徳太子もおまつりされていました。

 聖徳太子は 秦氏との関係が深く、この近くに 広隆寺を 建立しています。
 聖徳太子 についても 謎が多いです。

   松尾大社は古代の謎をたくさん秘めたところなのかもしれません。

でも、そういったことはさておき、社殿の背後の松尾山が ヤッパリいいですね。

   松尾山( 別雷山 )は 七谷に分かれています。
   その谷あいから流れくる 御手洗川 には、霊亀の滝がかかり、
   その近くには、亀の井という 神泉が 湧きだしています。

 こちらには参拝者が次々と神水を汲みに来ています。

   このあたりは カギカツラの 野生地でも ありますが、
   最近、山の樹々や登拝道の整備がなされて、
   そういった自然が守られているのはホントにうれしいことですね。

  境内に きれいな 山吹の花が 咲く春に、また 来てみようと思いました。

摂社・月読神社
   摂社・月読神社



京都洛西の総氏神・醸造祖神 

 松尾大社 
http://www1.neweb.ne.jp/wa/matsuo/

・ご祭神
 大山咋神(おおやまくいのかみ)

 須佐之男命( 素戔嗚尊 )の御子である大年神( おおとしがみ )の御子神。
 山の上部( 末 )に鎮座されて、山 および 山麓一帯を 支配される神であり、
 比叡山と、松尾山を支配される神です。
 この神が上賀茂神社の 賀茂別雷大神の 父神で あるとの伝承があります。

 
中津島姫命(なかつしまひめのみこと)

市杵島姫命【 いちきしまひめのみこと (一般的には弁天さん) 】の別名で、
天照大神が 須佐之男命( 素戔嗚尊 )と誓約されたときに 生まれた女神で、
福岡県の 宗像大社から、おそらく 秦氏によって 勧請されたものと伝えられて
います。海上守護、水の神です。

宝物殿には 神道には珍しく、平安初期・円珍 作のご神像が伝えられています。
ご祭神の 大山咋神、中津島姫命、そして摂社の月読尊と 考えられています。
特に 女神像は、見る角度によって 表情が違い、その作りと 意味の深さに
心に ずっと 残るものが あります。

 * * * 
宝物殿には熱心な説明員の方がおられますよ。





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