敏馬神社
神戸・掬星台 

   万葉時代の港


  神戸市灘区・阪神岩屋駅を 南へ少し行ったところに
  敏馬神社が あります。
  変わった名ですね。  みぬめ と読みます。



  ここは今の様子からは 想像もできないのですが、  大和朝廷の時代から奈良時代中頃(6〜8世紀)まで
  
  敏馬の泊(みぬめのとまり) という古代の港だった所なんです。
    当時は神社のあたりが 高台の岬になっていて 美しい風景の白浜だったそうです。

    摂津風土記の記述によると この神社のご創建は約1800年前にさかのぼるらしいです。

   難波の津から出発した遣隋使、遣唐使が一泊する港でした。

    そして、新羅から使節が来朝した際には、『生田で醸した酒を敏馬でたまわる』 という、
   都へはいる前に けがれをはらう役割を持つところだったとか。

    当時の大陸への航海は 命がけで、
       都からいつも見ている生駒の山々が 海の向こうに見える最後の場所。

         そういう景色を見ての想いと、航海安全を願って詠まれた歌が多く残っています。

     柿本人麻呂の「玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島の崎に 舟近づきぬ」
                                              から谷崎潤一郎の和歌まで。

  どこかで聞いたことのある 
    「菜の花や 月は東に 日は西に」(与謝蕪村)  はこのあたりを詠んだ歌だとか

   境内には万葉集の時代から、平安〜昭和初期まで、かなりの数の 叙情的な和歌が 掲示されてます。

      景色の美しさ、別れのつらさをうたった歌。

   境内の拝殿前に 桜の木があり、少しのスペースの杜が 残ってはいますが、

                 昔を彷彿させてくれる景色は残念ながら見あたりません。

   この敏馬の浜は昭和の初めに埋め立てられ、その後、神戸製鋼所の工場が建ち、
   震災後の今は、再開発の施設、兵庫県立美術館などが建ち並んでいます。


      そこで、ここから北へ向かって摩耶ロープウェーで摩耶山を登り、
    その名も 「掬星台(きくせいだい)」 【すくえそうなくらい綺麗に星空と夜景の見えるところ】 へ…。

                                              →(参考)神戸山の手散歩

     そこからこの神社のあたりと神戸の街並み、港、
        遠くの大阪平野、淡路島方面を広々とした景色に望んだとき…、

           白い航跡を残して港から離れていく大型の船が見えました。

     
         想像するのが好きな人なら、美しい砂浜と、遣唐使の舟がゆっくりと渡っていくのが

       古代と現在が二重写しになったように……きっと、見えますよ!





   所在地
  神戸市灘区岩屋中町4丁目1−8

   御祭神
  素戔嗚尊
  天照皇大神
  熊野座大神
  罔象女神(みずはのめのかみ)




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